円満な相続のために遺言書を残す
「うちは遺言書を書くほどの財産はないから」という一言をよく聞きます。
それは、相続で揉めるのは財産が沢山ある家の話だと思っているからではないでしょうか?しかし、現実には財産が多い少ないにかかわらず、相続揉めは起こります。
特に近年家庭裁判所に持ち込まれる「遺産分割調停」(家族間で遺産分けの話し合いが出来なかった場合に裁判所に仲裁に入ってもらう)は年々増加しています。
遺言
遺言書は、亡くなった方が身近な方へ思いを馳せながらから残した最後のメッセージです。
遺言書は、ただのメッセージではなく法律上の効果を生じさせる重要な文書なのです。遺言書で意思表示をしなければ、民法に従って遺産は相続人全員の共有となり、具体的な分割については相続人での話し合いをしなければなりません。
しかし、相続人それぞれの事情により、うまく話し合いがつかないこともあります。話し合いがつかなければ、家庭裁判所へ調停の申立、場合によっては裁判になり、長引くこともあります。話し合いがつかず裁判にまでなれば、財産分けと共に相続人同士の家族関係も分断されてしまいます。
もし、亡くなった方が遺言で決めていれば、相続人同士対立することもなかったのかもしれません。遺言書は、相続人同士の無益な争いを防ぐ効果もあるのです。
1.遺言書の作成とその種類について
遺言書は、満15歳に達していれば単独で作成することができますが、遺言書作成時に本心から意思表示が出来るという遺言能力が必要です。成年被後見人でも遺言能力があれば、条件付で作成する事が出来ます。
自筆証書遺言
遺言者が、自分で日付を含む全文を自筆で書き(手書き)、署名し押印した遺言書です。
費用もかからず、簡単に作成できます。しかし、法律で決められた要件を満たしていない場合には、せっかく書いた遺言も無効となってしまうことがあります。できれば、専門家に様式や書き方を確認してもらう方がよいでしょう。
また、保管方法についても、災害等により消滅してしまったり、相続発生時に発見されないことや、発見した人が隠すなどのリスクがあります。
なお、遺言書を発見した場合は、家庭裁判所に届け、遺言書の「検認」手続をとります。
公正証書遺言
公証人に遺言の内容を話して、遺言書を作成する方法です。
証人が二人必要です。財産の価格に応じて公証人の手数料がかかります。
費用はかかりますが、公証人は出張してくれますので、必ずしも公証役場に出向く必要はありません。
遺言書の原本が公証役場で保管されますので、災害などの場合の心配もありません。
また、遺言書について家庭裁判所での「検認」をする必要はありません。
秘密証書遺言
遺言者本人が証明押印した遺言書を封筒に入れて、封印し、公証人と証人2人の前に提出する方式です。
自筆証書と違い、遺言書の本文について自書の必要はなく、代筆やワープロでもよく、日付がなくても有効です。ただし、遺言書の書き方については自筆証書遺言と同様に厳しくなっています。
家庭裁判所への遺言書「検認」手続が必要です。
2.遺言書の内容を検討
財産の把握
遺言書を書くにあたって、まず最初に自分の財産についての棚おろしをしましょう。
不動産については、登記簿謄本(登記事項証明書)を新たに取得し、株式、投資信託等も最新のレポートを取得しましょう。
確認事項 |
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どの財産を誰に受け継がせたいですか?
自分の財産を「誰にどれだけ受け継がせたいか?」については、遺言者の意思が尊重されます。基本的に受け継ぐ相手は、相続人でもそれ以外の第三者でも法人でも構いません。またその割合についても、法定相続分に縛られることなく、遺言者の自由に決めることができます。
その際に考慮すべき材料として、今の財産を形成するにあたって、事業等で寄与した方がいる場合には、その「寄与分」をプラスすることや、住宅資金、生計の維持のために金銭の贈与をしているような場合(特別受益)は、マイナスすることなどの調整が必要なこともあるのではないでしょうか。
また、法定相続人は、法律で保証された相続分割合である「遺留分」があり、この遺留分を侵害された相続人は、財産を受け継いだ人に対して遺留分減殺請求権を行使することができます。遺言書を残す場合には、その点も考慮したうえで、内容を検討することをおすすめします。
遺言書への記載について
せっかく遺言書を書いても、その書き方が誤っていたり、不十分であったりすると遺言を実行することができなくなりますので、注意しましょう。自分ではわかっていても個人や財産の特定は、一定の情報を盛り込んでおく必要があります。
誰に? |
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何を? |
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ポイントは、誰がみてもこの人(同姓同名?)この物(どれか?)かがわかるように書くことです。
遺言執行者を決めておきませんか
遺言執行者とは、遺言書に書かれている内容を実行する人のことで、相続手続きをスムーズにすすめるために遺言書で決めておくことができます。もし、遺言執行者を決めておかなければ、相続人全員が遺言書の内容を実行する手続きをしなければなりません。相続人が多い場合などは、その分時間を要することになります。
また、遺言執行者は、相続人や専門家などの信頼できる人を選びましょう。特に相続人の中で遺言書の内容に不満がでることが予想されるような場合は、第三者である専門家を遺言執行者に指定しておく方がよいでしょう。
その他考慮するポイント
- 第二次相続人の指定
遺言書を書くときにもう一つ考えてもらいたいことがあります。
それは、自分の財産をあげたいと思った人が自分より先に亡くなる可能性があります。そして受け取るべき人が亡くなると遺言のその部分については効力がなくなり、その財産は相続人の遺産分割の対象になる財産となります。
たとえば、ある不動産を長男に相続させると遺言していたところ、長男が先に亡くなった場合には、遺言書の中で「もし万一長男が遺言者より先に亡くなった場合には、長男の子に相続させる」と第2相続人を定めておくという方法があります。長男が亡くなった時に遺言を書き換えることができればよいのですが、遺言能力の問題などから出来ないことも考えておく必要があるのではないでしょうか。
- 生前贈与の検討
遺言は、遺言者が亡くなったときにその財産を受け継がせる方法ですが、生前に財産を渡す「生前贈与」という方法もあります。贈与は、贈与者(渡すひと)と受贈者(受け取るひと)の贈与契約によって成立します。贈与は一般的に相続よりも高い贈与税が課されることがありますので、税金面のチェックは必ずしてください。
また、贈与税については各種の制度を利用することで軽減されるケースもあります。
※(相続時精算課税制度)
その年の1月1日において贈与者:60歳以上の者、受贈者:20歳以上の推定相続人と孫に対する贈与であること。
贈与は、一度でも数度に分けてでもよい。
基本控除額は、金2500万円。贈与税の申告期限までに相続時精算課税制度選択届出書を提出すること。
一度この制度を選択すると撤回できないので注意して下さい。
(配偶者への居住用不動産の贈与の配偶者控除)
婚姻期間20年以上の夫婦が、居住用不動産やその資金を配偶者に贈与するときに、基礎控除110万円の他に、2000万円の配偶者控除が適用されます。
このほかにも、利用できる制度があるかもしれませんので、税金の専門家にご相談してみるといいでしょう。当事務所では、信頼できる専門家のご紹介もしていますので、ご相談ください。
これらのメリットデメリットを考慮した上で、どの方式で遺言を残すのかをご検討ください。
また、遺言書は、何度でも書き換えることができ、最新の遺言が優先されます。
いつかは書こうという気持ちでは書かないままになることも考えられます。まずは、書き直すことを前提に、取りかかってみませんか?
老後の安心のための成年後見
だんだん年をとってくると、「今は健康だけど、もし病気になったら?認知症などで判断能力が衰えたらどうしよう?」と不安に思うようになります。
それと同時に「もしそうなっても自分らしい生活を出来るだけ続けたい」とも思います。
成年後見
成年後見制度は、認知症や知的障がいや精神障がいなどの理由で、判断能力が不十分であるために、財産侵害を受けたり人間としての尊厳が損なわれることがないように、契約などの法律的な部分と身上看護などの生活的な部分を支援する仕組みです。
成年後見制度は、判断能力が衰えた時に利用する「法定後見」と衰える前に利用する「任意後見」の制度があります。
1.法定後見
すでに判断能力が不十分なひとに代わって法律行為をしたり、被害にあった契約を取り消したりする制度です。それぞれの状況にあった、権限を持つ後見人等(支援者)を家庭裁判所が選任します。
- 補助―判断能力に少し衰えがある
- 例)契約はひとりでできるが、内容の理解などで不安な部分がある。
- 保佐―判断能力にかなり衰えがある
- 例)日常の買い物などは問題ないが、重要な契約の理解が困難である。
- 後見―判断能力が著しく減退している
- 例)買い物で釣り銭の計算ができない。契約したことも覚えていない。
2.任意後見
将来、自分の判断能力が衰えたときに備えて、あらかじめ任意後見人(支援者)となるひとと公正証書で契約を結んでおきます。将来の財産のことや身の回りのことなどについての希望を支援者に頼んでおくことができます。自分の将来を考えたときに「どう生きていきたいか?」を選択できる制度です。
任意後見人となるひとを自分で決める制度ですので、後見人は、1人でも複数人、法人でもなることができます。
例)子供や孫、兄弟、友人、専門職、法人など
3.成年後見の活用の相談事例
A子さんは、知的障がいの娘と暮らすシングルマザーです。A子さんの心配ごとは、将来自分が認知症などになったときに自分と子どもの生活のことです。今は、自分が元気なうちは娘の世話もできますが、将来を考えると今のうちから準備しておけることはないかと考えています。
元気なときに
- 任意後見契約
- A子さんの将来に備えて「任意後見契約」を結びましょう
- 見守り契約
- 将来の任意後見人と関係を続けるために「見守り契約」を結んで、生活状況の変化や来るべきときのために定期的にお会いするようにしましょう。
- 死後の事務委任契約
- A子さんの死亡後の葬儀のこと、各種届け出、入院費の精算などの事務手続きを頼んでおきましょう
- 遺言書の作成
- 最後の思いを娘さんや親族に伝えるために遺言書を作成しておきましょう
- 成年後見開始申し立て
- 娘さんが安心して人生が送れるように、支援してくれる人(成年後見人)を決めておきます。最初の後見人は、A子さんが後見人になっておくのもよいと思います。
判断能力が衰えたら
- 任意後見契約の発効
- あらかじめ頼んでおいた契約内容に基づき、任意後見人がA子さんの生活を支援します。同時に家庭裁判所が選任した任意後見監督人は、任意後見人が契約内容に従って支援しているかを厳しくチェックします。
- 成年後見人の交代
- 娘さんの後見人であったAさんに代わって別の成年後見人が就任し、娘さんのサポートにあたります。
死亡したら
- 遺言書の実行
- A子さんの遺言書に基づき、その最後の思いが実行されます。
- 死後の事務委任契約の実行
- 契約に基づき、A子さんの葬儀や各種届出等を実行されます。
後見制度は、本人の自己決定の尊重という理念と本人の保護の調和が求められます。そのため、単に財産管理や法律事務にとどまらず、本人の生活を支えること(身上配慮義務)が後見人の役割とされています。
後見制度は、誰もが迎える老いや死について「自分らしく」「人間らしく」をかなえる制度なのです。
財産を活かし家族を守る家族信託
「信託」とは、信頼できるひとに財産の名義を移転して財産の管理や活用、処分を託す制度のことです。
信託といえば、信託銀行や信託会社のイメージがあると思います。しかし、信託法の改正(平成19年)によって個人で信託のしくみを利用することが出来るようになりました。これを、信託会社などが行う信託とは区別して「家族信託(民事信託)」と呼びます。
家族信託の一番の特長は「家族の思いを家族のために実現できる信託制度」といえます。つまり、家族信託によってこれまで遺言書によってできなかった、孫やひ孫世代その先までの財産承継の仕組みづくりが可能になることや、任意後見契約では任意後見人ではできなかった資産活用のための積極的財産の運用(投機的な投資や借入)もできることとなります。
このように遺言書や任意後見契約の限界だとされていた「家族への思い」を叶えられる制度なのです。
1.信託のしくみ
信託当事者
- 委託者
- 信託行為により信託をする者(財産提供者)
- 受託者
- 信託行為の定めに従い、信託財産に属する財産の管理又は処分及びその他の信託の目的の達成のために必要な行為をすべき義務を負う者。法人も可(但し、営利目的や複数の委託者からの信託を受託することはできません。)
- 受益者
- 信託により利益(受益権)を享受する者。
※その他、受益者の権利保護のため、「信託管理人」「信託監督人」「受益者代理人」を選任することもできます。
信託財産
金銭、不動産、有価証券や特許権等の知的財産権など。分離可能な管理承継できる価値のある財産であることが必要です。
消極財産(債務、借金等)は含まない。→別途金融機関等と債務引受(変更)契約などが必要になります。
委託者から受託者へ財産権は移転(担保の設定)するが、受託者の固有財産とは区別されます。
また、登記または登録しなければ権利の移転や変更を第三者に対抗することができない財産は、信託の登記、または登録することが必須です。
信託目的
委託者が設定した信託行為により達成したい目的。受託者は、信託効力発生後、信託行為で定められた信託目的に拘束され、これを実現するために事務処理をすることになります。
信託目的は、受託者にとって絶対的であり、これと異なる委託者の指示や受益者の要望に応えることはできません。
信託行為
- 信託契約
- 委託者と受託者の間で締結される契約によって設定される信託
- 遺言(遺言信託)
- 遺言の方式により設定する信託
- 自己信託
- 委託者自身が受託者となって爾後自己の財産を他人のために管理処分(信託宣言)することを宣言(公正証書等)することによって設定する信託
2.信託の活用事例
後継ぎ遺贈型受益者連続信託
先祖から引き継いだ不動産を分散させることなく指定した者に代々承継していく信託の仕組み
事例
先祖から代々引き継いできた資産家のA氏は、これまでの一族の慣例によりその資産は長男へその後も長男の家系に守り引き継いでもらいと考えています。A氏には、長男のほかに長女がおり、子どもはこの二人です。
遺言では財産を長男に承継することはできますが、その次の相続人までA氏が決めることはできません。
そこで、家族信託により信託の受託者となる一般社団法人Aを設立して長男を代表者に就任してもらいました。その後A氏と法人の間で不動産の管理処分を目的とした信託契約を締結し、不動産の所有権は受託者である一般社団法人Aに移転しますが、A氏は、委託者兼当初受益者となり、不動産の収益などを受け取り、これまでどおり生活費等を受け取れるようにしました。
また、A氏が亡くなった後はA氏の長男を第2次受益者とし、その死亡後は第3次受益者として長男の子を指定しました。
同時にA氏は長女には、不動産以外の預貯金などを相続させるという遺言書を作成して遺留分の問題についても対策を行いました。
福祉型信託
事例
Kさんは現在75歳で、3年前に夫を亡くし統合失調症を患う長男と現在2人暮らしです。長男の症状は、発病後から改善せず、日常的に生活の支援や財産管理を必要とします。Kさんは、自分が高齢になってきていることもあり、自分が亡くなったあとの長男のことが心配です。Kさんには、長男のほか会社を経営する二男がいます。自分が亡くなったあとは、長男のことを支援することを頼んだうえで、夫から引き継いだ財産を二男に相続させようかとも考えていました。ただ、二男のことは信頼していますが、万一長男のためにと思っている財産が、二男の会社のためになくなってしまっては困ります。
まず、Kさんは、長男の成年後見人候補者をKさんと司法書士O氏とする後見人選任申し立てを行います。また、Kさんは、長男の生活支援を信託目的としてKさんを委託者、二男を受託者、当初受益者をKさん、Kさんの死亡後の第二次受益者を長男、信託終了時の権利帰属者を二男とする信託を設定します。
そうずれば、信託設定後は、生活費等を受託者二男から受け取り、成年後見人として長男の支援を司法書士Oと行うことができます。そして、Kさんが亡くなった後も長男は受益者として生活費を受託者二男から受け取り、成年後見人司法書士Oからの支援も受けられます。財産を信託にすることによって、二男の会社の経営の状況(破産などのリスク)に左右されることなく信託財産を分離することができ、長男の生活支援の目的を果たしたあとは、二男へ財産の承継を行うことができます。
家族信託は、家族の状況や委託者の思いを叶えるために、柔軟な取り決めをすることが出来ます。しかし、その柔軟性ゆえにきちんと取り決めをしておかないと思わぬ結果となることも考えられます。遺言や成年後見の制度は、決められた選択の中で選ぶことが出来るイージーオーダーの制度とすれば、家族信託は完全オーダーメイドの契約(意思表示)といえます。いい加減に作ると、とても使えないものになってしまいます。経験のある法律の専門家に関与してもらうことはもちろん、じっくりと、自分の気持ちと向きあって、作っていきましょう。