ブログ「ひと葉日記」

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新年あけましておめでとうございます(平成31年)

2019年01月07日

新年、あけましておめでとうございます。

旧年中は公私ともに大変お世話になりました。

 

しばらくブログの更新が出来ないままに新年を迎えました。

何事も区切りが大事。ということで新たな気持ちで、ブログにて近況報告やら情報発信を行っていきたいと思います。

どうぞよろしくお願い致します。

 

平成最後の元旦。

新しいカレンダーをめくり、思ったこと。

冬至や小寒、立春、春分などの季節を表す言葉もあります。

そういえばこれって、毎年同じ日じゃないし、どうして?

分からないと思うと「なぜなぜどうして?」と思ってしまう・・・

 

ぼーっつと生きていては、5歳児に叱られます。102725522

 

暦について調べてみました。

 

※太陽太陰暦(旧暦)  (国会国立図書館HP引用)

1ヶ月を天体の月(太陰)が満ち欠けする周期に合わせます。天体の月が地球をまわる周期は約29.5日なので、30日と29日の長さの月を作って調節し、30日の月を「大の月」、29日の月を「小の月」と呼んでいました。一方で、地球が太陽のまわりをまわる周期は約365.25日で、季節はそれによって移り変わります。大小の月の繰り返しでは、しだいに暦と季節が合わなくなってきます。そのため、2~3年に1度は閏月(うるうづき)を設けて13ヶ月ある年を作り、季節と暦を調節しました。大小の月の並び方も毎年替わりました。

今の1月1日は、太陽暦(グレゴリオ暦)の1月1日のことをいうのですが、それ以前は太陽太陰暦(旧暦)で暦を決めていました。

 

いつ変わったのか?は、先日終わった大河ドラマ「西郷どん」にありました。

 ※明治の改暦  (国会国立図書館HP引用) 

明治維新(1868)によって樹立された明治政府は、西洋の制度を導入して近代化を進めました。その中で、暦についても欧米との統一をはかり、明治5年(1872)11月、太陽暦(グレゴリオ暦)への改暦を発表しました。これによって明治6年(1873)から、太陰太陽暦に替わり現在使われている太陽暦が採用されたのです。

準備期間がほとんどなく、本来ならば明治5年12月3日が、新しい暦では明治6年1月1日になってしまったので国内は混乱しましたが、福沢諭吉などの学者は合理的な太陽暦を支持し、普及させるための書物を著しています。

 

これには裏話があるそうで・・・

明治政府は、当時財政難で明治6年が閏年であるため(1年が13箇月になる年)改暦を急いで公務員の1箇月分の給料を浮かせたとか・・・

 

もしこれが、現代ならコンピュータにバグが発生して大混乱するんだろうな・・・

 

因みに旧暦のお正月は、平成31年2月5日だそうです。

もう一回、お雑煮と初詣 するのもいいかもしれません

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